まだ見ぬ世界



 ユニオンの経済特区日本に刹那の潜伏地はある。
 家族タイプのマンションで部屋数はあるのに刹那、ロックオン、アレルヤの三人は一つの部屋に集まっていた。
 部屋に響く刹那の湿った息づかい。
 額に浮かぶのは汗。固く閉じた瞳で耐えるように頭を振る。
 アレルヤもまたロックオンに手ほどきを受けつつ、緊張からか額に汗を浮かべていた。
「そうだ、アレルヤ。ゆっくりとイれな。円を描くつもりで回しながらイれるんだ」
 指示するロックオンだけは涼しい顔でアレルヤと刹那を見ている。ゆっくりイれろと指摘されても出来るものではなくアレルヤはすがるようにロックオンを見た。
「ロックオン、だ・大丈夫なんですか? こんなゆっくりと……」
「そう、それぐらいもどかしいぐらいが良いんだぜ。な? 刹那?」
 突然自分に話を振られた刹那は一連の動きを止めようとしたが思い直したかのように動かし続ける。
「う、うるさい、人に、振るな」
「おいおい、息が切れてんぜ」
 からかうロックオンに刹那は視線を向ける。
「お前らのせい、だ」
 非難する刹那の声は熱い吐息に掠れぎみだ。
 アレルヤもまたロックオンに助けを求めるかのように上擦った声をあげる。
「ロ・ロックオン、僕には無理です!」
「何を弱気になってんだよ。ほら休まずにゆっくり回しながらイれてみろ」
 言葉通りに動かし始めたアレルヤは目の前で反応を見せるものに感嘆した。
「あ、こんなに膨らんできた」
「随分イイみたいだな」
 反応を確かめるロックオンも満足げだ。
「ほら刹那も休んでんじゃねーぞ。頑張って続けな。ご褒美にたっぷりミルク飲ましてやるからな」
「命令、するな」
 はぁはぁと息切れる刹那はもう限界に近いだろう。
「おい、アレルヤそれじゃ早すぎだ。初めてで焦る気持ちは解るが何事にもタイミングってもんがあるんだぜ」
 そこで一呼吸おいてから再開するのがこつだ。とアドバイスしてもアレルヤの手元は震えている。
「ロックオン、で、でも。こんなに熱いなんて……」
「アレルヤも意外と我慢弱いんだな」
 くくくと笑うロックオンは彼らしくない笑みを見せている。その傍らで刹那も「もう、ダメだ」とギブアップを告げた。
 ばたりと崩れ落ちた細い身体。
「仕方ねぇ、止めても良いぞ」
 不満げなロックオンだが刹那に無理をさせるのは彼の本意ではない。
 いつもは表情を見せない刹那も安堵したかのように身体を弛緩させた。







               * * * * * * * *








「まったく、ただの罰ゲームの腹筋で根を上げるなんてだらしねーぞ」
「ルールがフェアじゃない」
 リーチの長さで勝負が決まるなんてひどい話しだ。カルタなんて遊びに付き合うんじゃなかったと三回連続で負けて腹筋300回の罰ゲームをこなした刹那はさすがに苦しそうだ。
「おっアレルヤ上手に淹れたじゃねーか。コーヒーはやはり手で淹れたのが美味いんだぜ」
 細くゆっくりと回しながら淹れた湯は一度沸騰させたのを80度まで下げたものだ。一度円を描くように回し淹れ、20秒程待てば生き物のように粉が膨らみドームを作る。
「刹那がさあ、意外と巧く淹れるんだよ。我慢が大事なんだぜ。な? 刹那」
「アレルヤは初めてなんだ」
 珍しく庇う刹那にアレルヤも微笑む。
「さぁ休憩にしましょう。コツも掴んだし次は落ち着いていれますよ」
 散々ロックオンにからかわれても気にもしていないのかアレルヤはいそいそと温めたカップにコーヒーを注ぐ。
 温めたミルクも用意済み。
「ティエリアは?」
「ここだ」
 香りに誘われたのか、3時の時間どおりなのか。
 端末でアクセスしていたが手を止めて部屋から出てきていた。
「しかし会話だけ聞いていると君達をマイスターとしたヴェーダの判断を疑うな」
 刃物のような美しさで頬を微かに染めたティエリアだったが、その意味を解ったのはロックオンだけで、アレルヤも刹那も意味が解らなかったのか顔を見合わせる。
 苦笑したロックオンが
「まぁ、聞いてただけのお前さんには刺激的だったみたいだな」
 などとティエリアをからかうものだから、人も殺せそうな視線に突き刺される結果となる。まさに自業自得だ。
「わざとだとしたら万死に値する」
 さらに鋭利な視線に射られるロックオンだったが、平和でいいじゃねーかと呟いた。


 本当の平和はまたまだ見えない、この世界だからこそ……。
 そこにある一時の安らぎに価値を見い出すのだ。










拍手お礼SSより。一期の後半ぐらいのもの。ミッションとミッションの間な設定でした。



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