抱き合える身体



 そこは白い部屋だった。壁の絵はハーフペニーブリッジがモチーフだ。このアイルランドではよく絵葉書でも使われる。
 じっと壁の絵を見ているロックオンはこの絵をとても気に入っているようだ。
「久しぶりじゃねーか」
 こちらを見て笑いかけるロックオンに近くに来るよう促される。
 確かに1ヶ月ぶりだった。
「最近忙しかったのか?」
「あぁ」
 悪かったと言えば、ロックオンは責めてなんかねーよと頬を緩めるが、近く寄った途端、眉をしかめた。
「刹那から煙草の匂いがするな」
 そう言われれば確かに自分の服に煙草の移り香があるがそれもほんの僅かだ。きっとロックオンの嗅覚が鋭くなったのだろう。
「アイツと一緒だったのか?」
 アイツと指すのはロックオンの双子の弟であるライルの事だろう。
「そうか、アイツも来てるんだな。顔ぐらい見せれば良いのに」
 黙っているとロックオンは思い出したかのように吐き捨てる。
「そうだよな、出来ねーよな。人の恋人を奪っておいて。ここに3人顔合わせりゃ修羅場じゃん」
 乾いた笑いを聞いていたくなくて口を挟む。
「別れたいと言ったのはお前だ。ロックオン・ストラトス」
「俺はもうロックオン・ストラトスじゃないぜ。組織にとってもお前さんにとっても」
 険しい顔ばかりをするようになったロックオン。昔の彼は、ハロのメモリーに残る彼はもっと陽気に笑っていた。
「ロックオン!」
 皮肉屋になった彼を見ていられなくてそっと抱き締めるが、押し返されない変わりに冷たい言葉が浴びせられた。
「サカる相手間違えてんのか?」
「違うっ!」
 見上げればロックオンの瞳の色は冷ややかでなく、苦悩に充ちていてそれが余計に悲しかった。ロックオンは別れてもまだ刹那と同じように心を残しているのだ。
 なのにまた皮肉屋の顔に戻る。
「同じ顔だしなぁ、代替えが出来るなんて便利だよ、ホント」
 別れる前もひどく刹那を責めた彼。
 自分の事を卑下し皮肉屋になった彼を見ていられなくて望むままに別れても、刹那は会いにこずにはいられなかった。会わなければいいと思うが出来なかったのだ。
「行けよ、刹那。ライルが待ってんだろ。もう俺にはお前を引き止める事は出来ないんだぜ?」
 これ以上は身体に障ると判断して立ち上がる。
「また来る」
 そう言い残して刹那と呼ばれた少年は白い部屋を出た。
 詰所に会釈をして出口へと向かう。
 身寄りのない彼は完全看護のためいつも一人だった。壁の絵を見るだけの生活。見ていられないと思っても自分には何も出来ない。
「どうだった?」
 ロックオンに刹那と呼ばれた少年は黙って首を横に振った。
「そうか、ご苦労だったな」
 絞り出すような声は聞く方がつらい。
 彼に認識されなくなってから顔を合わさなくなった彼女。いつも無表情に近い彼女がこの時ばかりは泣きそうに見えた。
「父さんは俺を刹那と呼んでた。また酷くなったみたいだ」
「ロックオンの時間は止まってるんだ」
 重症だったロックオンは会話出来るまでに回復した。しかし損傷の激しかった身体は、見た目だけは再生しても、脳からの神経伝達が働かないのか自力で動かす事は不可能な身体となったのだ。
 その頃から記憶の混同が始まって今では自分の息子の事も解らない。
刹那が17才で生んだ子供は14才になり、母親そっくりな容姿をしていてもやはり男の子だからか16才の時の刹那とよく似ていた。
「もうライルおじさんもいないのに……」
 身を引く事もないのに。いつからこうなってしまったのか。
 おまけに世界にはまだ紛争が残っていて、CBという組織がなくなる気配はない。

「母さん、煙草やめなよ。そしてさ、父さんに会いに行けば?」
 ガンダムマイスターとして自制する母親が、たまに吸う煙草。なんの感傷を抱えるのか、黙ったままの母親の背中はとても小さく見えた。











拍手お礼SSより。未来妄想です



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