Arabian Night Serenade 準備号



 初めてその少年を見た時、ロックオンはなんて美しい少女なのかと目を奪われた。
 名前は刹那・F・セイエイ。このアザディスタン王国の第一皇子だ。ただし側室の子であるために長い間庶民として暮らしていたらしい。
 近代化を象徴するためと軍事国家としてのイメージを払拭するために長子のマリナ・イスマイールが即位したのはクルジスを併合してからだった。
 このアザディスタンは化石燃料が枯渇するまではとても豊かな国だった。だが環境破壊を誘発する石油の輸出が禁止され、新たなプラントも建造できない今、国力は地に落ち他国からの援助で成り立っていた。
 その割にはこの王宮は煌びやかで街の荒廃とは一線を画している。手入れの行き届いた庭、豪奢な建物は歴史的な建物を模してはいるが至って近代的だ。
 先進国より若干見劣りするこの地域は長年の紛争の招いた結果なのだろうか、ここだけ見ていると豊かな国のようにさえ錯覚する。
 この国の皇女、マリナ・イスマイールが暗殺を恐れ身辺をSPで固め、その過剰なる雇用の中に自分のような一匹狼ものがいて良いものか疑問に思うがスナイプの腕は超一流と自負している。
 国の財政状態に見合わない高額な報酬もそのためだ。常に付き従う奴らはもっと高額な報酬をてにしているのだろう。しかし遠くから皇女を守る方か気楽といえば気楽だった。
 
 

 第一皇子である刹那と出会ったのは身辺警護に飽きて、まるでオアシスのような庭園で息抜きをしていた時だった。まさに偶然の出会い。
 身に着けている衣装はハレムの女のように艶やかな衣装。顔を隠しているが大きな目か印象的だった。
「どこのお嬢ちゃんだ」
「くそっ離せっっバカっ」
 口を開けばどんなに艶やかな格好をしていても男だと解る。
「なんだ、男か……。ったくここは王宮内だぜ、いったいどこから紛れ込んだんだ」
「こっ、ここで行われる晩餐会での余興で呼ばれている、楽団の……」
「ははぁ、さては練習が厳しくて逃げ出したな」
 まだまだ見習いの子供だろう。女形なのか、こんな衣装を着て踊るには抵抗もあろう年頃か。
 どんな踊りを見せてくれるのか気になった。
「これ、やるから戻れよ」
 ポケットに入っていた飴。この国では中々手に入らないだろう。子供には喜ばれる。
「ありがと……」


 それから俺達は友人として親密さを増して、いつしか愛を育んでいった。だがそんな二人の純粋な気持ちはあっさりと踏みにじられたのだ。


 困窮するこの国に援助を申し出たのが二年前にこのアザディスタンから独立したクルジス共和国だったのだ。共和制といえども実質は独裁政権で王政への移行も示唆されている。
 その大統領の名はアリー・アル・サーシェス。この国への援助と第一皇子である刹那に留学を申し出たのだ。それは実質的な人質を意味する。
「刹那、お前が第一皇子の刹那だったんだな」
「あぁ。だから俺はアイツのところへ行く。この国を救えるのなら例え身売りと言われても……。でも頼みがある。俺を少しでも愛しているなら…、もしくは哀れと思うなら……。俺を抱いてくれ」
 まっすぐに向けられる瞳。
「刹那……」
 三年の留学を条件に国家予算と同額を同じ年数だけ援助されるのだ。それは刹那を売ったという事。
「……きっとアイツは俺を自由にするんだ」
 刹那の言うとおり閨の相手も含まれると考えるのが妥当だろう。アリー・アル・サーシェスが噂どおりの人物なら有り得る話だ。
 しかし刹那は一国の皇子であり、俺はただ雇われているだけにすぎない。そんな刹那を抱くなんて許されるはずがないではないか。
「き、気にしすぎだ」
「そうかもしれない。けど……」
 ロックオンは知らなかったのだが、刹那は留学が決まった経緯を誰よりよく解っていたのだ。
『さすが、マリナに似て美人じゃねーか。この俺のとこにくればイイ思いをさせてやる。表向きは留学にでもすればいい』
 刹那の耳朶を甘噛みし、尻を鷲掴みにしたサーシェスの手指が双丘の合間に入れらる。必死で身体を捩るとサーシェスはくくっと喉の奥で笑っていた。
 ぞわりとした虫酸の走る感触を刹那が耐えているとサーシェスはマリナの事を口にしたのだ。
『それとも、この俺を義理の兄にしたいか?』
 つまり姉をこの男に差し出すという事を意味する。まさか、この国を牛耳ろうというのか。
 こんな男にだけは大切な姉を渡せるはずがなかった。
 庶子として不自由な暮らしをしてきたのを助けてくれたのが姉だった。絶世の美女と言われる姉を陵辱されるぐらいなら自分が身代わりにななる方が良いと決心するのに時間は掛からない。
 だから刹那は三年間の留学を決心したのだ。
「たとえ気にしすぎでも、三年間はお前に会えない。三年後、お前と会えるとも限らない。それに、もしこの身体をアイツに自由にされるのなら初めてはお前がいいんだロックオン」
 刹那の言葉に苦悩を感じない訳ではない。
「……俺がお前を抱いてなんになる?」
「俺が楽になる、何があっても耐えられる…」
 口にこそ出しはしないが、刹那の推測は当たっているだろう。それ程の噂がある男なのだ。
 それよりも半分しか血が繋がっていないとはいえ、弟を身売りさせるこの国が恐ろしかった。弟を売ってまでこの国を救うことになんの意味があるのか。
 刹那も解っていて淡々と受け入れるのか……。
「後悔するなよ、刹那」
 重ねられた唇と熱い身体。二人はまるで何かに捕らわれたかのように互いの熱を奪い合ったのだ。


「温かい」
 ロックオンに抱きしめられながら刹那が呟く。触れ合う肌はとても温かく、刹那を優しく包む。
「あの男も温かいだろうか」
 せめて同じ温かさがあれば、ロックオンに抱かれていると思えるだろう。
「こんなとこを誰かに見つかったら」
 小さな身体を抱きしめながらロックオンは後悔の念に囚われていた。誘われるままに抱いた刹那の身体はとても初々しく、甘くもれる喘声はロックオンの雄を刺激した。
 こうして抱きしめているだけで、事後の身体は再び熱を持つ。
「ロックオン、俺に全部教えてくれ。愛の行為のすべてを。そしてお前以外に心を奪われる事がないぐらいお前を刻みつけてくれ」
 刹那の望むままにロックオンはその身体を抱く。しかし時間は限られていたのだ。

 
(刹那、弱い俺を許してくれ。お前を愛し続ける事の出来ない弱い俺を……。)
 一夜限りのこの愛は本物だったが所詮俺達は身分の違うもの同士。そしてこの国では禁忌とされる男同士なのだ。


 朝、目が覚めると身支度を終えた刹那が光を背に立っていた。
「さようなら、ロックオン。俺の分も幸せに…」
 透明な笑顔で触れるだけのキスをする。
「あぁ刹那も元気で…」
 自分の言葉の偽善に笑ってしまいそうだった。元気でなんかいられるはずがないではないか。
 刹那はあの男に陵辱されるのだ。あの男はどんな体位で刹那を自由にするのか。俺が教えた以外のことを刹那に強要するのだろうか。
「刹那っ!!」
 出て行く刹那を呼び止める俺の声だけが部屋に響いていた……。





イベントにて無料配布した準備号です。以下、大幅に加筆にて本編へ……


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