愛の嵐
恋人のロックオンが射撃の練習中の事故で怪我をさせた。それが政界の重鎮の孫だということが俺達の不幸の始まりだった。 多額の損害賠償請求。それは一介の人間に払えるものではなかった。 オリンピック出場の内定が決まった矢先の出来事でロックオンは俺の制止を聞かず酒へと逃げた。 「もう俺はおしまいだ。刹那!お前だけだ俺に残されたのは!」 そう言いながらすがるロックオンを抱き締め、今度は俺がお前を助ける番だと刹那は誓う。 あの施設(CB)から俺を引き取ってくれたお前のためなら何でも出来る気がした。 そこに現れた一人の男。 仕立ての良いスーツ。優雅な身のこなし。明らかに上流階級の人間だ。 名をグラハム・エーカーと名乗り、そして刹那に対して突然の申し出をしたのだ。 「君が私に愛を捧げるなら、私は君の大切な者を助けると約束しよう」 何だって? 予想もしなかった申し出に耳を疑う。 しかし、意味が解ると手の甲にキスされたのすら気持ち悪くなってくる。 「それはお前のものになれという事か?」 アンタを愛したらロックオンが助かるというのか。 「察しがいい。私は君に不自由ない生活を約束しよう。君の恋人も念願のオリンピックに出られる。君だって年相応の教育を受けて楽しく暮らせばいい。君と私は相性が良さそうだ。その身体に染み付いた男の感触もすぐに忘れるだろう」 シャツのボタンが外されていく。 「俺に……、触るな!」 「私は我慢弱い男でね。君が私に本気の愛を返してくれないと、君の愛する男がどうなるか解らない」 「…嫌、だ」 これ以上触れられたくない。なのに……。 「ふむ。君はあの男をそれほど愛していないということか」 「違う!」 愛しているさ。 だから自分が我慢すればいい。この男のものになれば、ロックオンに未来が開ける。 自分さえ我慢すれば……。 「俺を愛しているって言ったじゃないか」 出ていく荷物を用意しているとロックオンが荷物を奪う。 酒臭い。 俺の知っているロックオンはこんな男じゃなかった。無精髭をはやし、閉ざされた未来を思い嘆くだけの腑抜けを彼とは思いたくなかった。 「今のお前にそんな価値があると? もうお前には飽きた」 苦しい。 嘘がこんなにも流暢に出てくるなんて。 本当は一緒にいたい。 けれどアイツの元へ行けばロックオンの名誉挽回のために力を尽くしてくれるという。 「俺を見捨てるんだな」 それはいつもの優しい声音ではなかった。 「解った。お前も他の人間と同じだったって事だ。どこにでも行けよ!その代わり二度とその薄汚れた顔を見せるなっ!」 鞄が投げつけられるのを避けずに受けとめる。それがロックオンに対するせめてもの詫びだった。 顔面に当たった鞄の金具が頬に傷つけたが心の方が痛かった。頬の痛みはいつか消えるだろうが心の痛みは消えそうになかったからだ。 「可哀想に。もう二度と会えない君に最後のキスもしてくれなかったのか。君が身売りしたと知らず、恩恵だけを受けるんだな」 「ロックオンを悪く言うな!」 「今だけだ。私以外の男の名を口にしていいのは」 言葉を消すような口づけを受けながら刹那は涙を浮かべた。 そうだ。俺はこの男のものになるのだ。 もう二度とロックオンの顔を見る事はないだろう。 ロックオンもいつか俺を忘れ明るい世界を歩むことになる。俺はこの男が飽きるまで満足させる義務を負ったのだ。 けれど。他の男に抱かれても、俺はロックオンを忘れない。 俺はお前の幸せだけを祈っているから。 一度は完全な別離だと思っていても、それでも運命は気紛れで刹那を翻弄する。 「久しぶりだな…、刹那」 「ロックオン…!」 「会いたかった! 今、どうしているんだ?」 久しぶりに会いたかったロックオンに会えても、後ろめたさからまともに顔を見れなかった。 自分は毎晩グラハムに抱かれ喜んでいるのだ。今更どんな顔を見せれば良いのか。 「刹那、どうしたんだい?おや、その人は?」 「グラハム! 何でもない。知らない人だ。道聞かれただけだから。行こう」 後ろ髪を引かれる思いでグラハムの腕にすがるようにその場を立ち去る。 「待てよ!刹那!」 どんなにロックオンの腕の中に戻りたくてももう戻れないのだ。 俺はこんなにも汚れてしまったから。 「刹那! 俺は絶対にお前を取り戻してみせる!」 ロックオンの言葉を背に受けて、悲しさと惨めさに足が震えた。 「大丈夫かい? 刹那」 グラハムが嬉しそうに腰に手を回してくる。 これでロックオンにも、俺が誰に足を開いているか知れただろう。 心変わりしたのだと納得すればいい。 もう二度とロックオンの腕の中には戻らない。戻れない。 たとえどんなに心を残していても。 たとえどんなに愛していても……。 翻弄し、刹那の心を引き裂くかのように、愛の嵐が吹き荒れる……。 設定というか粗筋というか…。序盤だけですみません。パラレルネタです。 そのうちに発行予定。もちろん脳内で。むしろ発酵予定かな。時間さえあればこんなパラレルな本を出したいです。結果的にはロックオンの腕の中に戻るんだけどギクシャクして別れるとか。タイトルが例のあれなんですが、そんなイメージです。 |